CIEL THERAPY 
 シ エ ル セ ラ ピ ー ウ ェ ブ サ イ ト  

DIARY

2.22
期間限定の講座は、テーマが「恋愛」に決まりました☆
大好きな生徒ちゃんがリクエストを送ってくださったの〜(^−^)
恋愛って幅が広いよね。片想いも、お付き合いしてからも、結婚してからも、だから☆
他にもあった中で「恋愛」にピン!とアンテナが動いたので(^−^)楽しみにしてくれると嬉しいな〜♪♪
最初の1ヶ月間は、エンジェルヒーラー認定コースを受講したことがある生徒さんのみがお申し込みできる感じで。後の1ヶ月間はシエルセラピスト認定コースを受講したことがある生徒さんのみがお申込みできる期間にします☆
実質「シエルセラピスト認定コースを受講したことがある生徒さんは、お申し込みができる期間が2ヶ月間ある」ということになるよ(^−^)
お申込みできる期間は決まっているけれど、受講したいお日にちはいつでもOKなので、お好きな日を希望いただけます♪
「恋愛」ってすごい奥深い内容なんだよね。自分と、そしてお相手である男性をまずは理解することから始まるけれど、さやかの結論として…
恋人、それから結婚する相手になる男性って、「王子さま」なんだよね☆☆☆
これは、なにも、きらっきらとしたお花畑目線で見ているわけではなくて(笑)本当に。真実として。
すごいなぁ。優しいなぁって男性のことを心から尊敬します。だから「愛される」って光栄で、とっても有難いというか幸せというか、「ありがとう」なんだな、そんな素晴らしい男性に愛されることって☆と、さやかは思います(^−^)
「恋愛」を伝える上で、ぜひともみんなに「男性」の素晴らしさも知ってもらいたいな☆と思ってます。期間限定の講座で(^−^)
きっと、今よりもっと男性を理解したら、男性に対する考えかたや周りの人への見かたがガラっと変わると思う!恋をしている人は更にその人が好きになっちゃうだろうね(笑)いいこと♪♪ いっぱい恋して♪(数のことじゃないよ)(^−^)
そして、その上で。「恋愛」のように見える自己虐待である「不倫、浮気」についても避けられない内容だとも思っています。個人的に「恋愛」は応援しまくりだけど「不倫、浮気」という名の自己虐待はまったく応援できません。そんなの恋でも愛でもなんでもないもの。
だけどどうしてそういうことになるのかの仕組みも知っているのと知らないのとでは全然違うと思うし、受講生にとっては将来のクライアントに役立つことだとも感じるから「セラピー概論1,2」の内容を不倫や浮気に当てはめれば分かることだけれど、更に詳しく詳細に伝えようとも思っています。
「結婚」は決してゴールではなくて、結婚してからもずっと、旦那さまに恋☆し続けてほしいな〜と思ってます(^−^)
そんな素敵な女性で居続けてもらえる内容で伝えたい(^−^)もちろん、それを望んでいれば、だけれど☆「結婚した後は夫のことなんかどうでもいいよ」という場合には役立ちませんが〜(笑)
そんな内容(^−^)うきうきで、1日でおさまるように(笑)練っています☆私、みんなが理解しやすいようについつい細かい説明しちゃったり、文章で表現しちゃったりするから、「長い」んだよね!笑笑
でも、それがさやかのよさ☆と、生徒さんたちが喜んでくれます☆さやかがたくさん説明したり話すのは、自分たちが1つでも多くすんなりと理解して役立てられるようになんだって(^−^)
そんな風にさやかのこともたくさん理解してくださっている人たちだからこそ、みんなの幸せ、もっともっと手伝いたーい!って、はりきっちゃうんだよね(笑)♪(^−^)
さやかも、神や天使という「愛(無条件の愛)」の存在に出会って、ずいぶん変わりました(^−^)昔は男性恐怖症で。どうしてそうなったのかは一部の生徒さんしか知らないことだけど、今では本当に、そういうこともなく(^−^)
男性には男性のよさ、素晴らしさ。女性には女性のよさ、素晴らしさが。そして人には人のよさ、素晴らしさがあるのを、すごく心で感じてます(^−^)
だからきっと、出会ういろんな人もそんなさやかの心を感じてくださって、ご親切に接してくださるのかもしれないな〜と思います(^−^)感謝ばっかり☆
神や天使のことも、「は?天使?頭おかしいんじゃないの?」「…神?ばかじゃないの?」と思っていた約10年前までの、現実主義者な私ですが(笑)、「恋愛」においても「男性は怖いもの」「男性は避けるもの」「恋だとか愛だとかでご飯は食べていけない、そんなこと考えてる暇があったら働け」 という思考だった私だからこそ(^−^)
いつも講座でいいますけれど、「皆さんよりも相当ひどかったさやか」でも、こうなったよ、こうなれたよという経験や思考なども踏まえながら(^−^)お伝えしますね☆
なんかね、最初からエリートで、最初から何でもうまくいってて、生まれつきこうこうで…という人がね、個人的には好きじゃないの(^−^)
だってさ、たとえば英語でもそうだけれど、最初から英語を話す外国人の人にとっては、なぜ日本人が理解できないのか、英語を話せないのかは「全然わからない」ことなんだよね。
私はそれを、専門学校生の時に、先生にね、されたから〜
オーストラリアなまりがひどすぎて、何と言ってるのかわからないのに、聞き取れないさやかはバカって、ジェスチャーまで入れて、あきれられるの。
もうね、ぷんぷんだった。言いたかった。「おいっ、日本にいて、日本人相手に働いてるのに日本語がまったく話せないほうが、どうかしてるよ」って。
だからね、私は日本人の先生が大好きだったの。なぜ理解しないのかを、同じ日本人だからわかってくださるの。日本人講師はみんな。それで、一生懸命英語でだけれど理解できるように説明してくださる。
でも外国人の先生は生まれつき英語が話せるから。どうして理解できないのかがわからなくて「こいつバカ」ってあからさまな態度をして、「理解してもらおう」という努力もせずに次の生徒をあてるのね。バカは置いてけぼり。 それが、外国人の先生たち流のお仕事スタイル。日本人講師と、外国人講師の違い。
正直ぷんすかだったのは、英語に自信があったから(笑)それはそれで傲慢だったの。夢も考え事も 全部英語だったし、高校生の時は帰国子女と思い込まれて一人だけ2年生の時に英語のリーダーの先生からスパルタされたし。 私はイギリス流の発音が嫌いで、アメリカ流の発音をしていたのだけれど、先生はイギリス流じゃないと容赦なく成績下げてくるし「NO!!」って怒ってくる。 私も私で意地になってイギリス流しないし(笑)若かった☆笑
…だからね、最初からうまくいってる人に学んでも、結局は理解できないって私は思ってる。うまくいかなかった経験を持ってる人や出来なかった経験を持ってる人、挫折や不幸を味わったことがある人…
こういう人たちこそが、「伝える側」に適した、素晴らしい人材って。
スラスラと何の分野であろうとできた人は、できない辛さも知らない。落ち込んだ経験も持ってない。「もうやめてやろうか」と投げ出したこともなければ「それでもやっぱり」と再び始めた経験もない。
いつもうまくいってて、うまくいくのが当たり前。そういう人に、「どうして出来ないか」は理解できないと思うのね。できない人が「できる」になるのが難しいように。
だから何事も、「できた」と「できなかった」の両方を持っている人が最適だと思ってる。
天使や神も同じ。生まれつき霊感が強い家系で、子供の頃から「見えて」ました、という人に習っても、「どうして私は見えないのか」は永遠に理解してもらえない。だって最初から見えてる人だから。
生まれつき見えてる人から学んでも、「あぁ、先生すごいや。私みたいな凡人には無理な世界ってことね」と念押しするだけになる。「特別」でないと無理なんだ。って。
それと同じで恋愛でも、「すんなり出会って、すんなり結婚して、すんなり生きてますよ(^−^)」という人に恋愛のことを相談したり、学んだとしても、「よかったね、幸せで。」と何だか落ち込んじゃうだけじゃない?
だからやっぱりね「ひとりひとり」というのは大事だって思う。
「経験」は素晴らしいもので、私は悩み事を通じて天使や神に出会った人こそ、同じお仕事をする人にふさわしいスペック、基本データなんだと思うよ〜、と、誰かに言いたい(笑)(^−^)
まぁ、なんかね、このお仕事も芸能界みたいに華やかに見えるらしくて、「私にはめっそうもない」と思う人が多いみたい。興味ないのなら仕方ないけど。
なんかいつも通りお話が脱線してきたけれど(^−^)そんな感じで、「恋愛」の期間限定講座、もうしばらく「お申し込み開始」までお待ちくださいです♪
(^−^)

2.19
今日は美容ダイアリー(*^-^*)
美容院へ行ってきました☆
新しい美容院だったのでちょっとどきどきでしたけれど(美容院が苦手)いいところでよかった☆
ブルーアッシュからアッシュにトーンUPしたつもりでしたけれど美容院が違うとカラーの感じもお店によって違うみたい☆そんなに変わらない黒髪になりました(笑)
とっても感じのいいお店だったので、これから通おう〜☆と嬉しくるんるんしてました。髪の毛つるつるサラサラ☆ヘッドスパやトリートメントもお願いしてみました。新しいところはいろいろ試してみたいなと思えたところでしたので(*^-^*) してみてよかった♪
それからCHANELで新しく発売される美白のファンデーションも塗っていただきました(*^-^*)
紫外線と花粉とを防ぎたくて☆以前、JILL STUART のファンデーションを購入した時はお肌に合わなくて悲しかった…
コンパクトケースがとても可愛かったのでるんるんで使いたくて。でもそれはお譲りした人が喜んで使ってくださってたので結果よかった☆と思いました(*^-^*)
CHANEL のは一番明るいお色を塗ってくださったのだけど、それでも私には暗い… というよりも黒くて黄色すぎて、顔色が悪くなったので残念ながらやっぱりパウダーファンデーションは見送ることにしました。
いつもどおりのファンデーションに+UVカットのあるパウダーで花粉防止をしようと思います(*^-^*)
最近使っているお化粧水は、オルラーヌ。ローション・エクストラ・オーディネールという、日本人向けに開発されたお化粧水なのですが、とろみのあるお化粧水。
保湿力がとってもいいのですが、やっぱり愛用しているスーパーアクアが大好きなので、スーパーアクアローションの上からオルラーヌのほうを美容液がわりに重ねて使っています(*^-^*)
お肌がぷにぷに柔らかくなって、お互いに相乗効果を発揮しているようで保湿の持続時間が長くなりました。乾燥する季節だから、それってとても嬉しい☆
お化粧水として単体で使うよりもいい結果なので、この1本がなくなるまで続けよう〜と楽しく過ごしています(*^-^*)
なかなか、以前は毎月遊びに行っていた阪急ですが、もうこの頃は全然行けていなくて。なので、自分の趣味の時間がなくて寂しかった分、今日は楽しかったです♪
オルラーヌのお化粧水で「美容液がわりに使う」というワザを発見したので(*^-^*)♪ オルラーヌがなくなったら、次はDior のオードヴィと、GIVENCHY のランタンポレルのお化粧水を美容液代わりにして楽しもう〜と思っています(*^-^*)
そのどちらもオルラーヌと同じでカブレず使えて、しかもとろみのあるところも同じだったから☆
「楽しみ」や「趣味」は、同じ内容が趣味や楽しみの人でないと理解できなかったり、されなかったりするもの。「そんなことして…」とか「そんなものにお金使うなんて」とか。
ただ最近は思うようになりました。「プチ依存・プチ中毒のススメ」を☆
誰にも迷惑をかけない内容で、健康にも悪くないものであれば、たとえば昨日書いたように「仕事が終わってからビールを飲みに行く」みたいな楽しみを自分に与えてあげながら生きることは、毎日の生活にもメリハリが出るし、活力にもなると。
「あれが待ってる」と思うと「よぉーし!」と張りきられるところ、気持ちがあるのっていいことだなぁ☆と(*^-^*)
ぐでんぐでんに飲みすぎて、吐くところまでいくと健康に悪いので(笑)、プチ依存ではなくなっちゃいます。でも、気分がいい程度で楽しむ。それなら「養命酒」と同類になるなぁと感じました。
ただ「痩せたい」と思いながら、毎日スイーツやお菓子やジュースを飲む「プチ依存(ご褒美)」は、結果的に痩せないので(笑)それは「毎日」ではなく「週一」か「月一」がプチ依存の領域なんだと思います(*^-^*)
または、バレンタインデーだとかひな祭りだとか、行事をうまく利用してのスイーツ(*^-^*)
毎日の中に、「お疲れさま〜!」な私もいれば、楽しみや趣味で癒されてる自分もいることは「幸せ」に生きていく上で大事なことだなぁとクライアントや生徒さんを見ていて思うようになりました。みんな頑張ってるもん☆(*^-^*)
だから、私も(*^-^*)
髪色が暗かろうが明るいものであろうが、前髪があろうがなかろうが、アイシャドウを何色塗っていようがいまいが誰も気にしない部分だけれど、私の中で気分が変わったり、嬉しくなったりるんるんすることを通して、毎日をこうして 阪急に行けなくなったさやかであろうと(笑)幸せいっぱい感じさせてあげたいな☆とより一層、つるつるぴかりんな髪の毛を見て感じていました(*^-^*)
CHANEL のファンデーションは残念だったけど〜!(笑)(*^-^*)♪

2.18
こんばんは〜
今日はもう眠たい☆
22日から講座がまたランチをご一緒する時間帯になるのですが、ご要望で現在もランチをご一緒できる時間帯に開催しています。1月は体調が不安定でしたので ランチを済ませていただいてからの時間帯で開催していましたが(*^-^*)
講座中は講座の内容のことで生徒さん共々お互いに精いっぱい(笑)ですので、その他の疑問などはランチ中にいただくことがほとんどですが、 一番多くて、一番回答すると安心されますのが「霊」のこと。
まず、「金縛り」は霊の現象ではありません。
睡眠中、体は眠っているけれど脳は眠っていない(起きている時と同じ脳波)時に起こります夢や体が「びくっ」とする反応、寝返りをうたずにお布団が重く感じている現象などが 「金縛り」として認識されるものです。
睡眠中であるにもかかわらず、脳が眠っていないのというのは、疲れすぎていて脳は興奮状態が続いている場合が多いです。アドレナリンが出ている。
また、悩み事を考えていましたりクヨクヨしていたりと「脳」がまったく休めない(自ら体が危機的状況だと判断する行為をしているがゆえにインスリンが大量に放出され、「生きるか死ぬか」という戦う(もしくは逃走する)状態 にさせている)ことから起こっているもの。その他、なかなか眠りにくいような慣れていない場所で眠っていましたり。そのような状況にある時、脳が起きていることがほとんどですので、「金縛り」と呼ばれる状態になることが多々あります。
個人的に「何でも霊のせいにしたら、霊が可哀想だよ」と思っています(笑)
日本人は「霊」が大好きです。何でも霊のせいにしたがる。そして勝手に怖がる。「たたり」だとか、あるいは「前世」のせいだとか「カルマ」だとか。
うーん。みんな、失礼ですよ(笑)
相手の身にもならないと。「逆の立場なら…」って、考えないと(笑)
一般的に、「霊」が私たちに何かをしてくることはほとんどありません。言うならば、私たちも「霊」であり、ただ「肉体」を持っているか・いないかの、その「差」だけです。霊との違いとは。 肉体を持っているのが私たち「人間」。持っていないのが「霊」。着ぐるみをきてるか・着ていないかの、その違いなだけで、中身は「同じ」です。
ですから、まぁ、街中を歩いていて「キャーー!!人間!!人間が歩いてるーー!!!!」と、あなたが周りの人たちから怖がられている状態と同じです。…普通、よね?(笑)怖がるようなことじゃあ、ないよね(*^-^*)
実際のところ、街中にはたくさんの「霊」がいます。歩いています。普通に。
そして、私たちも何も気づかずに霊とすれ違ったり、一緒に歩いていたりします。
そういうと生徒さん、怖がるんですけど(笑)、じゃあ、気づいたことあります?
ないでしょう?
そういうもの。(*^-^*) 霊って「見よう」と思っても見えない。けれど、全然意識していなくてただ街中を歩いていたら、その横断歩道を一緒に渡っている人や向かいから来ている人の全員が全員「人間」とは限らないんですね(*^-^*)
数人は霊です(笑)
そんな感じ。
普通。普通にいるの。私たちが生活する中で、よく。ありふれた感じで。でも誰も怖がらない。気づいてもいない。そういうのが「霊」。なんにも怖くない。
みんなテレビや漫画で洗脳され過ぎなの(笑)視聴率や発行部数が高くなるようにオモシロおかしく作った、ありもしない「霊」にまつわる話に。そう。全部人間が作ったこと。創作物。作り話。 おどろおどろしく、怖がらせて、呪ってきて、殺しに来るのが、たたるのが霊だとか未浄化霊だとか、前世だとかカルマ(業)だとかにしたら、「誰かが儲かる」でしょ?
そう〜、全部「ビジネス」。誰かの(人間の)自分勝手な利益のために作りだされたフィクション。
こうやって目に見えない世界の存在と協力して役立てている職業は「金をとるなんて」と非難するのに、霊は怖がるんだよね(笑) いかに人間が「愛」で生きてないかがよくわかります。と、時々心霊系のTV番組に遭遇すると笑います。スタジオで観覧している人たちがみんな怖がってるのがね。心霊系のビデオとか、見ていて笑いが止まらないおもしろビデオです。 普通に見ていても、ネタバレできるからマジックよりも雑すぎて「どうせならもっとうまくやろうよ〜」と思います。お陰で家族は誰も心霊系を見ても怖がらなくなりました。それどころか、私が爆笑する系と認識してる(笑)
「霊」は本当に普通に存在していて、どこにでもいるのですが、もちろん中には皆さんが想像するような「血みどろ」オバケもいます。霊全体として見ると10%の割合いくらい。少ない。
ですが、霊はみんな「目的」があってこの世にとどまっています。ですから、皆さんに危害を加えるほどヒマじゃあないんですね(笑)
万が一、そんなことはないんですけどね、万が一… 皆さんがすれ違って、「あ、この人幽霊」と気づいたとします(絶対ありえないんですけど)。で、皆さんが追いかけていってまで、「ガン見」とやらをしたとします(笑)
霊が呪って来たり、たたって来たり、襲って来たりすると思いますか?
ここまでのお話で、薄々わかりますよね(*^-^*)笑
そう。答えは「ノーリアクション」。むっちゃくちゃガン見されていますから、こちらを見返すかもしれません。けれど、相手にはしてくれません〜
残念(笑)
先ほども言ったとおり、霊には「目的」があります。ですから、皆さんを相手してる暇がない。ある意味ドライ、ある意味クールです。
「無視」ですね。
というのも、霊はこの世に「何か」未練があって、とどまっています。ですので、その「未練」が未練でなくならないと、あの世に行こうとしません。
ほとんどの例は今もなお、電車に乗って、ラッシュアワーを経験しながら会社に行って、普通にお仕事をしています。そして時間になりましたらまた電車に乗ってお家へ帰る。 生きていた頃となんら変わりなく、今でも生活しています。
それはなぜか。なぜなら、家族を置いて自分が死んでしまったという「後悔」があるから。未練なんですね、家族が立派に生きていないということが。生活が苦しくなっていたり、辛そうにしていたり。「どうして死んだの」と遺族が悲しんでいたり。
全部「ごめんなさい」という「自分が悪い」という重荷を背負って、家族を助けるために死んでもなお、生前働いていた職場に通い、遺族が笑えるようになるまで。と苦しみながら霊は頑張っています。なぜなら他に、どうしたらいいのか方法がわからないから。 「家族が笑う」そのための方法が。
ですから、死後もずっとお家に住んでいます。遺族にはその気配や音が感じられると思います。もしも何にも遺族に対して心配がなければ、安心して「あの世」に行っているはずです。死んだら人は、あの世に行く。これが流れですから、 流れにさからっている方が、霊としても苦しいことだからです。けれどもその、自分の苦しみよりも遺族の笑顔をとる。ですから街中にはたくさんの、スーツを着た霊があちらにもこちらにもいて、当たり前のように存在しています。襲ってくることもなく、憑依することもなく。
また、憑依をする霊もいますが、そのほとんどは神社やお寺にいます。人が願い事をするのを聞いて「この人の願い事を叶えたら自分は成仏するのかも?」と思うからです。こういった霊はごく一部の存在で、「死んだ後は何もない」と生前信じていた人がこのパターンになります。
あの世という存在を知らずに、人は死んだら無になる。と言いますか、何もないと信じ込んでいる人で、さすがに最近の人には少なく、お年をめした方に多かった傾向です。 現代のかたはインターネットが普及していることもあり、自分や周りの人だけが信じていることしか知らないという時代ではなくなりましたから。
「なーんか、死んだみたいなんだけど、どうしたらいいかわからん。」と霊も悩んでいるので(笑)、神社仏閣におもむき、霊も神さま頼み、してるんですね(笑)
生前と同じ行動をします。神さまに頼みに行こっか〜☆と(笑)
それで、神社仏閣にはどうしたらいいかわからない迷子状態になっている霊がたくさん、人間と同様お参りにきていますので、人間の願い事も聞かれてしまうんですね。 それで「あ、この人の願い事を叶えたら、次がわかるのかも〜」と「ついていこう〜♪」となります。本当のところはただの迷子なので、人間の願い事を叶えることはできませんし(そこまで能力持ってません、霊は) 結局その人の周りをうろついているだけ。それが憑依です。また、自殺願望者の声を聞いて「この人と一緒に死んだら、今度こそ本当に死ねるのかも」と思い、自殺願望者につく。というバージョンもあります。 どちらも霊そのものの「無知さ」ゆえにこの世にとどまっているだけですから、何もしなくてもしばらく経てば「なんかたぶん、ここは居場所じゃないんだ」ということが未浄化霊にもわかる時がやってきます。 その気づく時まで一時的にこの世にいるだけですので、先ほども書きましたが、肉体がないので何かをできるようなこともなく、ただうろうろしたりくっつくだけしかできませんから、私たちに何か影響があるかと言えば さほどありません。ただある日突然、まったくの見ず知らずの人と同居が始まる。というだけです(笑)やだなぁ〜
ただ、おすすめしない場合があります。それは「出る」という有名なスポットにわざわざ出かける。ということ。廃墟や昔に閉鎖された病院など、明らかに有名なところ。
なぜかというと、その場にも確かにいます。けれどそれは、先ほどと同じで「意味」があって、そこにいる。ということ。
いわば、霊たちの「お家」です。そこに、見ず知らずのあなた方がやってきて、勝手にわーきゃー言っていたら…
逆の立場なら迷惑だと思いませんか?
想像してみてください。あなたのお家にある日突然知らない人が勝手に上がりこんできて、冷蔵庫やタンスを勝手に見ては、あなたに向かって「キャー!おそろしい!!」と叫んでいる場面を。
「むかっ。」ときません?(笑)私なら通報します笑笑
そういうこと。うるさいから「まぁ、こうやったら驚いて帰ってくれるだろう。」と、霊が出来る限りのことをします。そういう場の霊は「霊歴」が長いので(笑)、電気系を操ることが少しできるようになっています。 ここら辺、科学の世界ですね(*^-^*) 同類ですから。そんなこともあって、電気系を使って、ハデな音をたてたり、電気を点滅させたり、電波を使ったり、写真やビデオを通して姿を見せたり、ちょっとオーバーにリアクションして 「我が家」から追い出そうとします。通報と同じです。ですから、まぁ、逆の身になって。迷惑行為はやめましょうね、という感じです。
しかしながら、霊が聞いている人間の声は、「心の声」です。ですから、内心おもしろがっている嫌な奴には、「痛い目」見せようとします。そこら辺にいる霊と違って、とても古い霊ですから、同類である電気系を操れるまでに成長といいますか しているので、不純なお心にはそれ相応の「リアクション」が来ます。ケガや事故で済むならまだいいけれど、レベルですから、最初からいかない。がいいかなと思います。また来そうな人にはある程度までつけていって、脅したりもします。
もう二度とこないように。
あと1つ。海外の、「危ない」で有名な場所には日本と違って育ちすぎた凶暴な霊がいます。そういうところは本当に有名なので、お昼までもただならぬ気配が漂っています。 これはどんな人でもわかります。そういうところは、元囚人や殺人鬼の霊などがいますから、しかも日本の古い霊とは比べ物にならないくらいの古い霊です。生きて帰られないので、 「おかしいな」「変だな」と感じるところが避けた方がいいのは、霊だけではなく現実的にも事件に巻き込まれないための大切なことだと思います。
地震のない国は、「自浄作用」を持っていません。ですから、「○世紀の霊」などが普通に暮らしています。霊が先にアパートメントに暮らしていて、代々住人は霊に気に入られないと アパートから追い出される。ということも普通にあります。こういった国の霊は日本と比ではないくらいハッキリと見えます。ですが格好が中世の貴族だとか、明らかにおかしいので、霊だとわかりますが 物体を移動させたり、突き落すことも楽々とできる年季の入った霊体なので、ぜひともうまくやっていってください(笑)気に入られましょう〜
日本でもイギリスでもアメリカでもどこでも、霊は酒場が大好き。生前と同じようにお酒やタバコで日頃のストレスを発散しています(笑)
ですから、居酒屋さん、バー、パブ、レストラン、夜のお店、喫煙所には特によくいます。店員さんがグラスやビール、お箸を1つ多めに出してきて「あれ?」となったり、 さっきまでいた人がいつの間にか帰っていたり、いなかったり。
どこにでもいます。人と同じ。だから何も怖くないですし、「天使が見えるようになったら、オバケまで見えるようになってしまったらどうしよう」ということは、これで「ない」ということがお分かりになったと思います。
もちろん、血みどろさんもいます。頭がパックリと一部ない。ですとか。そういった霊も、ごくたまにいます。皆さんが「見たい」ほうの霊ですね(笑)うそです
こういった霊体さんたちは、「痛い」ということがわかってほしいだけ。誰かにわかってほしいことが「目的」で浄化できていない(未練)ので、「あー、はいはい。痛かったね。」と言うとスーっと血みどろがなくなり、 生前の、ご健康だった頃の状態に戻られてからすぐに消えていきます。こういうおどろおどろしい外見の霊ほど、何も怖くない。いや、そもそも霊は怖くない存在なんですが。人間から肉体がなくなっただけの存在ですから。
おどろおどろしい霊ほど、すぐにいなくなる存在です。ただ分かってくれる人がいれば。お亡くなりになる瞬間、事故にあわれたりして、すぐにお亡くなりになったというよりは、自分が今一体どのような状態かがわかってからお亡くなりになったパターンに多いです。
戦時中でしたら、戦闘服をきたままでいらっしゃってたりと。もうそれくらい古い霊体さんは今では存在していませんが、戦争で大変だったんだなぁと理解してあげればスゥーっと消えていく方々でした。
ある意味、霊はストレートで、生きている人間のように嘘はつきません。人目を気にしたりもしません。「自己中」なのですが、 「未練」に関わることのみの自己中ですので、「私はよっぽど、人間のほうが怖いよ」といつも生徒さんたちに伝えます(笑)
霊のほうが可愛いものと。
皆さん、視聴率稼ぎの心霊番組の影響を受け過ぎだと思います(笑)
人間が作った、ありもしないニセの霊情報に。
そんな面から見ても、「人って怖いね☆」と思います(*^-^*)
かわいそうですよ、霊(笑)
「見えるようになったら、怖いことが起こったらどうしよう」
これが、どれくらいすごい盛大な妄想かが分かってもらえたと思います☆
皆さんを怖がらせたのも、人間。心霊番組を作って放映した人たちの、ね(*^-^*)

2.15
私たちはキリスト教徒ではないので「天使や神」は身近ではない存在です。
ですから、身近ではない分「特別感」があるように思いやすく、学びに来る人たちや書籍やカードに出会う人たちも「特別なもの」と認識されやすいものだと思います。
この「特別」とは「非日常」という意味を表していますが、時に「何かや誰かよりも優位に立つこと」のようにも誤解されやすいです。「特別」という言葉には。
「特別」を言い換えると「特殊」「特殊能力」となり、誰かよりも数段自分がすぐれている、優秀であるかのように勘違いしやすくなります。
ですので、本当に初期の頃… 10年くらい前のお話ですが「まったくもって非日常でもない講師が、まったくもって非日常でない内容として教えているもの」として天使のメッセージや講座を 開いていましたので、「なんか違う」と思われるかたも多かったことを思い出します。
私たちにとって「悩み事」とは非日常でもなんでもなく、ごくごくありふれた日常で、それでいてとても「やっかい」です。
そのような存在が「悩み事」です。
その、「日常」である悩み事を解決するのに、どうして特殊能力が必要なのでしょう?どうして人よりも優れた優秀で、特別な人間にならなければ解決できないとでも思っているかのごとく、 天使からメッセージを受け取ること、受け取られる人のことを「すごい」「特別」「能力者」と別格に位置づけたがるのでしょう?
そしてまた、それは自分とも比べ「私はそんなすごい特別な人間になれない」という意味で「私には分からない」と言うのでしょう?
ここに、まったくもって非日常でもない講師が、まったくもって非日常でない内容として講座やセッションでお伝えしているというのに。 どうして「特別にならなければ解決や叶わない事柄がある」と、非日常にしたがるのでしょう?
日常の「悩み事」「願い事」を叶えるだけだというのに。

そのようにして、しばしば「自分ではない、何か特別な別のもの(存在)」にならなければだめなんだと思い込んでいる人が 初心者として入門してくることが多かったように思います。しかしながら、本当に、ただ私たちがいつも感じたり考えたり直面する「悩み事」を解決するサポート・お手伝いをしてくれる存在が 神や天使だったりするので、何も非日常的な「特別感」は必要もなければ演出することもなく、普通に会話できるものとして講座でもお伝えし続けています。
もしも私たちが、翼や何かを付けたりすることもなく、体1つで空を自由に飛び回る方法が知りたい、できるようになりたいのであれば、それは非日常です。 非日常である「特別な、特殊能力」を身につける必要が出てくると思いますから、飛び回っていることで有名な人から学ばれるといいと思います。しかしながら、残念なことに私は これまで一度もそのように空をビュンビュンと身1つで飛び回っている特別な、特殊な人と出会ったことも見たことも、聞いたこともありません。 ですので、私はまだ、「お空ビュンビュン」はできそうにありません。
ですが、「悩み事」「願い事」は非日常ではなく「日常」思い浮かぶこと、直面することですので、解決するためにアドバイスやサポートを天使や神にお願いすることができます。
それはきっと、自分が「天使や神と話すことは特別ではないこと」と知っているからだと思います。 実際にやってみて、全然特別でもなんでもなく、普通だった。ということを実感しているからだと。
ですが、「やっていない」「できていない」人にとっては非日常。ですから、「特別なこと」と勘違いしやすいですし、「本当はできていない人」にとっては、 できているかのごとく振る舞い、ごまかす必要がありますので「非日常感」を演出する必要があるのでしょう。
そのようなこともあり、決して私は昔からドレスも、女神に見える格好もしていません。いつもどおりの服装、昔は販売でもその前のサービス業の時も制服やスーツを着用していましたので 「お仕事」ということもあり、よくスーツを着ていました。自分の中で「お仕事スイッチ」が入る服がスーツでしたので、着て、キリっと心を引き締めて、目の前にいる生徒さんに全力投球する。 それが自分流のスタイルで、ティアラ(王冠)も、ドレスも、「それっぽい(非日常な、特殊能力者に見えるような、特別感のあるような)服装や外見」は一度もしてきませんでした。
また、そのように「自分が」と飾り立てた自分を押し付けるよりも、目の前にいる生徒に注目を注ぎたかった。注目というのは、講座の内容をすべて終えて、晴れて天使と楽しくお話できる状態になられてから笑顔で帰っていく、という 「その人」が求めてお越しになっている講座の内容のためにできることすべてに、自分ができる限りのことをするという意味です。
綺麗な、発表会やおゆうぎ会のように「綺麗な私を見て」会が、講座やセッションではないと思っていました。非日常を取り扱っているのではなく、日常に思い浮かぶ、日常で起こる「悩み」、 これを解決していくためのお手伝い…
皆さんが笑って生きていくためのお手伝いを、かつて私も「そちら側」だった人間として、天使や神に助けてもらい、サポートを受けながら、生きてきたように。
皆さんと、天使や神とをつなぐ「橋」「船」の役目が、自分がしたいこと(それを使命といいます。使命は誰かに勝手に決められた自由のないものではなく、自分が生きながら決めていく内容、目標、生きる指針のことで、これもまた非日常的な意味では本来ありません) と、喜びを持ってしています。
「特別ななにかにならないと○○できない」や「○○になるためには、叶えるためには今よりももっと特別にならなければいけない」というのは、子供時代の名残です。
親の顔色をうかがいながら生きてきたことの。
言い換えれば、「自分以外の何者」である「親にとって理想的な子供」を頑張って演じたり、そうなろうと努力し続けてきたことの、延長線上にあるものです。 だからこそ、いつまで経っても「特別」にはなれません。「人や何かよりも優秀な私」にも「特殊能力を身につけたすごい人」にもなれない。
なぜなら、そのような人物像こそ「非日常」。つまりは「幻」だからです。
私たちが今すぐ鳥になりたいと心底願っているようなもの。鳥は鳥で、人間は人間です。同じように、お一人お一人は「あなた」だからよくて生まれ、「あなた」だからよくて生きていて、 「あなた」だからよくて毎日を生活しています。何も別人にもならなくてよければ、自分自身を否定している思考である「〜でなければならない」「〜にならなきゃいけない」はまったくもって 必要ありません。ある意味、その思考があるから人生うまくいってない。悩み事も次々生まれてくる。
いかに知らず知らずに自分を否定したり、虐待していたり、認めていなかったり、受け入れてあげていなかったり、優しくしていなかったり、愛していないのかを「知り」、「その後どうしたらいいのか」 を教えてくれる存在が「天使や神」であって、皆さんのかわりに天使や神が人生を肩代わりしてくれるものでもなければ、特殊能力を身につけないと話したり見たりすることはできない存在が天使や神なのでもありません。
「エンジェルヒーラー認定コース」でもお話していますが、皆さんがこれまで、私も含めて、小学一年生の時の時間割に「国語、理科、社会、ヒーリング」「算数、音楽、チャネリング」というものがなかっただけ。
それは中学校でも高校でも。大学でもどこでも。ただ「習わなかっただけ」で、本来人間であれば誰でもできること(日常)。それが天使と一緒に生きていくことです。
「国語」が分かるようになったのは誰でしょう?「音楽」で歌ったのは誰?まぎれもないお一人お一人です。国語を理解するための特殊装置を頭の中にチップとして埋め込んだのでもなければ、笛が吹けるように 特別な訓練と修行と滝行と儀式とダンスとキャンドルをともしてお経や呪文をチャンティングする行為も、マントラを唱えることも、着飾ることもしなかったと思います。
ただひたすら、先生の話を聞いて、同じようにしてみる。それの繰り返し。
間違ったら、その場で先生が「違う」と教えてくれますし、あっているなら何も言わない。なぜならあっているから「あなた、そこ、あってるじゃない!」と指摘される必要はありませんよね。
けれど間違っていたら、違っていたら。違うんだということを先生は教えてくれました。あるいはテストの点数が冷やかに伝えていました(笑)
講座も一緒。
ただの繰り返しです。それを「練習」と、人間界では言います。そのような言葉で言います。たったそれだけ。何も特殊でも特別でもありません。

フツー

(笑)

(^−^)

ですから、お家でも繰り返す。練習する。それが「思い浮かんだ悩み事や叶えたいことをどうしたらいいか尋ねる」ということ。
自分の悩みを次々と天使に相談する。それのことを「練習」といいます。
そして、その尋ねた内容と受け取ったメッセージは、講座の時にやったとおり、ノートに書き記しておく。講座の時と全然違うことをしようとするから 合ってるかどうか、わからない。かつての「国語」や「算数」と一緒。ただ宿題やドリルが、ノートに変わっただけです(^−^)
ものすごく時間がない時は別として、うんうんと悩んだり辛い想いを自分に感じさせる余裕があるのなら、それを愛に変えて。
天使に尋ねること。カードを引くこと。それが、まずはあなたが自分にできる「愛」の一歩です。
特別なことでもなく、ただの繰り返しなんだと繰り返してみて分かれば、「特別」にも「特殊能力」にも、人より劣っているか優れているかの優劣にも、興味がなくなるでしょう。
どうでもいいことだし、そもそも考えることでもないということも。「幻」だということを。
ただ繰り返してない(練習してない)から、理解できていない。理解できていないから、算数がとけるようになる宇宙人からのチップ埋め込みをひたすら待ち続けている。 待ち続けているから、何も起こらない。人生において、幸せが。
幻を追い求めるのはそれもまた自由なのですが、何十年経っても実際起こることはありませんから、その間ずーっと悩み事も解決しなければ、笑顔で毎日を過ごしていることもなく。 ずっと「つらい」「どうしよう」が延々と続く何十年を過ごすことになるんですね。
それは、もしも私なら地獄。生き地獄だな〜と思います。むちゃくちゃ要領が悪いというか、「目を覚ませ、自分。」と思います(笑)
何か特別なことが起こる「非日常」を待っていても、それは起こらない。それなら、日常でできることをしながら非日常を待ってみたら?と、アドバイスができるのならそうしようかなと思います。
人が何を信じているかも自由で、「宇宙人による脳へのチップ埋め込み後に発動する特殊能力を私は待っている」という人がいても、それはその人の夢なのでしょうから、その、待つことさえもが幸せなことなのでしょうから、それはそれで いいのだと思います。…自分なら「目を覚ませ、私。」と思いますが(笑)
ということで。「さやかは地味ですよ」というお話でした(^−^)笑
皆さんにとって「敬語で話す」ということも、非日常なのだということを、このお仕事をして初めて知りました。ものすごく最初の頃はクライアントも生徒さん達も私に対して緊張されていました。 なぜかなと思っていましたら、私が子供時代からずっと敬語が日常会話で、フラットにお話することが自分にとっては非日常なので難しい。ということから、ずーっと敬語でお話していましたので 生徒さん達もずーっと緊張されていたようでした。それに気づいてから、私はこのお仕事は「橋」「船」の役割ですから、私自身も英会話を学ぶように「皆さんが日常お話する会話形式」を練習しました。 皆さんと内容は違えど、「練習」は同じ。お話することと、そしてこのように文字を綴る際も一番崩して…と繰り返しました。
それは1つ、皆さんにとって天使も神も「非日常ではない」ということが分かってほしかったから。非日常ではないのに、非日常的会話を繰り返していましたら、やはり 「私は無理なんだ、できないんだ、特別じゃないからだ」「わからない」と勘違いしやすくしてしまうだろうなと実経験で感じました。
講師は「理解しているから」といって講師になれるものではないと思います。相手が理解できるためにまずは自分が動く人が「講師」です。前者はただの「押し付け」。1人で1人の時間に好きなだけしていればそれでいいことです。
職業上、私のお仕事にはいつも「相手」がいます。クライアントや生徒、そして天使や神。そのすべてとコミュニケイトが、私なら「つうつう」でできる状態でありたいと思います。つうつうと言いますのは詳細に理解しているという意味の さやか語です(笑)「つーつー」「ツーツー」と言いますか(^−^)
そのためにできることなら、自分は何でもしたい。なぜなら、それが私がしたい、そしてしているお仕事だから。 そのように、講師であろうとプロであろうと何かの1職業人であるのなら、いつでもバージョンUPしていくのが当たり前、日常だと思っています。 皆さんが講座で「これでいいのかな?」と思いながら、それでも私を頼りに1つ1つ学んで・クリアーして・乗り越えっていってくださっていますように。
関わる人、存在すべてが笑顔になるように。と。それが一職業人、一ひとりの人間の姿なのではないかなぁと思っています。
敬語はですね、私はもともと左利きなのですが、今ではほとんどが右で、ですがちょっとお箸の持ちかたは変なのですが(^−^)もう文字を書きますことは左ではできなくなったように、 フラットに会話することの方が得意になってきたように思います(^−^)
敬語は「堅苦しい」「かしこまっている」「距離感がある」ように思えるようです。ほとんどのかたにとっては。私にとっては、今となっては「会話は会話」なので、どちらでも気にしません。個人的に。 敬語という表面、外見よりも、会話の中身を重視します。ですが、ひとりよがりでも、ね(^−^)
反対に、外見を気にしている(コンプレックスという意味で)のに敬語がまったく話せないという人もいます。その場合の敬語を話せないという意味は、 自分を大切にしていないがゆえに、相手を尊重する意思を持つことができないために、言葉という表面に表層として表れている。という意味として指します。
そのような場合は、お人に対してセッションする前に、語学学校に通われて、「話しかた」を勉強することを勧めています。これは講師として。
天使と一緒に生活していない、つまりは「練習」していないと、自分を愛することもできていない状態のまま「お金儲けたい〜♪ 人から「先生、先生」なんて言われてチヤホヤされたい♪ 有名になりたい♪」と、 とんだ「勘違い花子」に陥っています。これもまた、自分を「愛する」という行為と正反対の思考や行動だからです。ですがそれにご本人はまったく気づいていない。
だからこそ、更に、自分を結果的に傷つけ、苦しい人生を送らせるようなことに対してヨダレをたらします。「ぐへへ」と。
ですから、「三位一体」である「体・心・魂」と同じように、「心」で無理なら「体」である表面から。という方法を提案しているかたちです。
人に対して失礼にふるまってしまうのは、その人が無意識であればあるほど、「つらく生きている」という証拠。
講座にいらっしゃるほとんどのかたは「心」である天使を受け入れ、練習をしていきますが、中には「練習めんどくさい、やりたくない」と、ご自分の幸せを願えず つらさを好んで生きていることに気付いていないかたもいらっしゃいますので、最終として「表面」のアドバイスもしています。
気とは心のことで、「病は気から」といいます。悩み事や叶っていない事柄は「病」です。肉体がたとえ元気であろうと、人生は重度の病。「どうにかしてあげたい」と無意識であろうと気づくから 受講にいらっしゃいます。生徒となる方々は。それは愛であり、素晴らしいことと思います。その、本来もうすでに持っているその「愛」を、広げ、広めていくのが講座。天使。チャネリング。ヒーリング。
けれど病を克服しても、日々、絆創膏やハンドクリームやお化粧水や石けんや、それらでご自分のことを必要な時に、必要な内容でトリートメントしてあげたり処置してあげていますよね。
手がカサカサだったら、そのままではかわいそう。と。切って、血が出てきたらそのままではかわいそう。と。汚いままではかわいそう。と。
もちろん、「汚いままで人前に出るなんて無理」など、対「人」つまり人目を気にしてという動機の場合のほうがほとんどかもしれませんが。
けれどだからといって毎日同じものだけを何十年と食べ続けることをしないことや、寒ければあたたかくなるようにしてあげることなど、自分のためにできる「愛」をしてあげていることも私たちにはたくさん。 それが更にどんどん広がると、人生にまでその影響が広がっていく。幸せだと笑って生きているということへと繋がっていきます。
学校の勉強も同じで、動機は「いい成績をおさめると親に喜ばれるから」というものであろうと、大人になった今、「天使と話せるようになりたい」というものは愛が動機で、素直な気持ち、ありのままの 自分が思った事柄です。
自分のために、自分がしてあげられること。その幅が、天使に相談すると増えます。想像できる内容から想像もしない「へぇ〜」な内容まで。
天使のメッセージを聞いて「じゃあ、自分はどうしたい?」と改めて考え、行動していくことが「誰かのために生きてきた人生」から「自分という人を生きている人生」に移り変わっていきますので、 結局のところはいつも自分。自分がどうしたいか。どう生きたいか。何をするか、何をしたいか。
「何をするべきか」でも「何をしてはいけないか」でも「こうしたら誰かにいろいろ言われるだろうな」でも「こうなったらチヤホヤされるかも〜♪」でもありません。
ただ、「自分」で生きてきた歴が短いと、幸せになるためのアイデアが極端に少ない。結局「こうしたい、あぁしたい」と思うことは、誰かに認められるためでしたり愛されるためのことだったりするので、 まずは「愛」のお見本・お手本である「天使」に、愛に基づいて考える、愛に基づいて生きる方法のアイデアを繰り返し教えてもらいながら行動していくことで 次第に自分も「愛」を動機に生きていくようになり、結果、人生が笑顔になっていく。という「流れ」があります。
最初に「受講したい」という愛をせっかく持てても、「繰り返さない(練習しない)」では、受講前に元通りです。
絆創膏を持っていても、かたくなに貼らないのと同じ。ケガをしてもお薬を塗らないのと同じ。飲まないのと同じ。お腹が空いても食べないことは餓死していくことと同じ。
「繰り返す」ことは、自分で自分をまず認めてあげること。自分で自分をまず愛すること。
「自分を愛する方法がわからない」とおっしゃるかたもいますが、答えは簡単。受講したのですから、天使とお話したい、悩み事を解決したいと受講されたのですから、それをただ繰り返すこと。
すべては自分のために。
あなたの人生が不幸か幸せかを決められるのも、感じられるのも「あなた」という自分です。お金に困っている人がお金持ちを見たら、ねたむでしょう。「自分よりも幸せそうだ」と。
けれどそれは、自分と他人とを比較しています。そうじゃない。比べるのはいつも「自分」。
いつも「当社比」で、比べる内容は「どれだけ自分のために笑顔になるであろう行為や方法をしたり、考えてあげたか」です。
それはどこにも「他人」はいない。こんなに地球上にたくさんの人がいるのに、それにまどわされず、「愛」が動機で生きられるか。
それが幸せへとつながっていくもので、大事なことは「愛が動機」ということ。
愛を知らなければ、愛を動機にすることもできません。それを、皆さんは天使から学ぶ。私は神から学びました(^−^)
それだけのこと。「繰り返す」「練習」とは面倒でも何でもなく、ただ、自分の人生の中で「笑えない」という部分について、どう行動したり思えばいいのかを 天使に相談するということ。1つ1つ相談して、たくさんの笑顔で溢れた人生に、まずは自分がしてあげるということ。
長くなりましたが、何も特別なことではない、非日常ではないということを踏まえた上で、今日はライトワークスさんが運営している「ココリラ」というサイトで 天使のメッセージが掲載されていますので、ご紹介いたします(*^-^*)
天使の相談部屋2017年2月第1回
天使や神からのメッセージは、クライアントはもちろん、受け取る側(この場合さやか)にもヒント、アドバイスとなる内容で伝えてくださるのが特徴です。 ですからこそ、自分一人だけで天使からのメッセージを受け取ることも、他社へのセッションであろうと「まったく同じ」。別もの扱いして「一人はいいけど、人にするのは無理」 「人にしたらお金儲かるから、儲けるぞ」というのも、すべては「愛」が動機ではないからこそ、思考できる内容です。
また愛の存在は、その人と自分にだけでなく、このように媒体をとおして目にした、読んだ人にも同等に、ヒントやアドバイスとしてメッセージをくれているのも特徴。 なぜなら天使も神も、「愛」はすべてを超越した存在だから…☆
昨日はバレンタインデーでしたね!
チョコ、自分にあげたかい?(^−^)
まだなら早速、今日でも☆
みんな甘いもの好きだからね♪
それも、愛〜〜(*^-^*)

2.11
何かまた期間限定の、単発で、講座を作りたいなと思っています。みんなに役立つの。
「これ知りたいな〜」とか「教えてほしい」という内容、教えてくださいますか?
「お申込み」ページの、「その他」選択で送ってくださったり、メールアドレスご存知でしたらそのままメールで。
その内容を見て、講座にできそうだったら講座にしますし(一か月間限定とかの)、講座にするまでもない(1時間くらいで伝え終わりそう。という意味ね)なら そのままメール返信としてお答えします(笑)
さやかには「当たり前」になっているけれど、他の人にはそうじゃないことって、いっぱいあると思うのね。でもこう長く神や天使や、このセラピストというお仕事をしていると 当たり前の、日常茶飯事のこととなってしまっていて、誰かとは少し目線や考え方が違うこともあるのかもしれない。
実際、長く現役をさせていただいているので(私は一番現役が好きというか。現場が好きというか。目の前に「人」がいて、その人のためにカスタマイズで神や天使と相談しながら進めていく講座進行が 大好きだったりする☆)たぶん、もう、忘れている部分もあると思うの。肝がすわってしまった部分とか(笑)
まぁそれは、正直、接客業よりずっと有難くて、私は全国トップの個人売り上げ成績だった販売員だったけれど、実は一番「売る」のが苦手だったから(笑) 今でも何にも知らない人に話しかけるのは人見知りが出ちゃって、苦手かもね〜と思う(^−^)
ぐいぐい接客してくる店員さんは苦手だけれど、店員さんの身として、ぐいぐいお客様に話しかけるのも苦手だったという(笑)
だからこそ、売り上げ成績1番の店員さんになれたんじゃないかなとも思うし、お客様はいつも笑ってくださってたし、 「こんなに長話しちゃってごめんなさいね、店長さんに怒られるかもしれないでしょう?」と気遣っていただいたりして 「いえ、大丈夫です。私が店長なので(^−^)」と言ったら、いつもビックリされていたという〜
外見は永遠の18歳ですから(笑)
最近はちょっと、十代を名乗るのはサスガに厳しくなってきたので(笑)、22歳ということにしてる♪♪(笑)
もちろん38歳だと知ってる人やお店の店員さんと笑って話してるだけだけどね☆
みんな乗ってくれるよ〜「そうでしたね!まだまだ老化対策とか、必要なかったですね!」とかね(笑)
(^−^)
なんかいつもどおり、お話変わってきた!(笑)
ということで。1人が知りたいこと、学びたいことって、みんなも知りたい・学びたい内容だったりするんだよね。実は。
だからいつも、講座やシエルセラピーはマンツーマンだけれど、練習会や、昔は10人とか12人とかの生徒さん相手に講座を開いていたので その頃は、いつも「いい質問だなぁ!」と喜びながら答えていたりしました(*^-^*)
日本人は心の中で思うだけで、なんか、質問や発言さえも「恥ずかしい」とか人の顔色気にして「質問です」と手を上げなかったりするから こちら側の講師がこれでもかっ!というくらい「質問ありませんか?」と尋ねて尋ねて、やっと時々ぽつり。と出てくるくらいだけど、 本当にね、たった1人の人(あなた)が思う疑問や内容って、実際、多くの人もそう思ってる内容なんだよね☆
たとえばさやかは、リレーの選手というアスリートだったりするのね。だから「どうやったら速く走られるようになりますか?」なんて もう思ったりしない…というか、できない思考になっちゃってる。速く走るのが「当たり前」になってて。
でも、日本記録や世界記録保持者相手にでも、素直にいろいろ尋ねてほしいなって思う。「こんな質問なんて」と勝手に決めつけないで。
ちなみにさやかはこう見えて、足が速いです(^−^)これ自慢♪
体が弱いので、1回走ると倒れるかもしれないけど、今となっては(笑)でも、中学生相手なら、たった1回きりの50mや100m走なら1番になられます(*^-^*)
でも中学校1年生までは、一番下か、一番下から2番目でした☆
中学2年生からクラスの上から5番目、高校では1年生の時までしか本気で走らなかったけれど、クラスで3番目に速い人でした(^−^)
体育祭でクラス対抗リレーで、4人抜きして、クラスを1位にしたよ(^−^)
こんな外見してるからね、みんな、私の走るタイムが間違ってたんだろう、計測器が壊れてたんだろうって、普通に言っててね。だから 私が混じってるからね、クラス対抗リレーに。だから、優勝できないって悲しまれてたのよ。失礼でしょう?(^−^)
だから余計に、がんばりました(笑)
気持ちいいよ、本当の陸上部で記録保持してる人たちや水泳部とか体育会系の部活の人を抜いてくのは(^−^)
走り終わった後で、その人達は全員「今日は調子悪かったんだ〜」って言っちゃってるし、私がいるせいで優勝できないって嘆いてたクラスメートの人たちは 5クラスしかないから、ビリが5番ということで、私にバトンが回ってくるまで5番だったのに、私が4人も抜いて1番にしたから、 走り終わってからクラスのところに戻った時には「しーん。」ってなってたしね。
さやかがいるから優勝できないってみんながみんな思ってたから、そのさやかがまさか体育会系部活のすごい速いで有名な人たちみんな抜くなんて思ってもなかったみたい。
いつもおっとりしてて、えへへって笑ってるから。さやか(笑)
だからね、違うクラスの仲良しのお友だちが「さやかちゃん、すっごい速かったね〜」って喜んでくれてたのが、嬉しかった☆
クラスの子たちはひきつってただけだから〜
それからちょっと、避けられたりしたかな。体育会系部活の人たちにも。どう見ても足遅そうなやつなのに、自分たちより速いんだってバレたから(笑)
2年生からはね、スキップしたりして、まじめに走らなくなったの〜(^−^)
1年生の時みたいに速いもの順でリレー選手決めようとか言われたら困るから(笑)体育会系の人たちって燃えるでしょ?だから「打倒のほほんさやか!」って練習してきちゃう。 そういう、「はりあわれる」のが嫌いで〜
好きに走ったらいいじゃんね♪ と思う。だから、2年生からの体育祭は「あれ、あなたリレー出ないの!?」って顔で、いろんな体育会系の部活の人たちに、当日見られたよ〜
私のお友だちも同じのほほん系だから、そんな顔で見られているとは知らずに次々とみんな「さやかちゃん今年リレーじゃないの〜?」とかピリピリムードも察さずに尋ねてくるし(笑)
「また速いとこ見たかったなぁ〜♪」って。うしろで「ゴゴゴゴー!」と恨みの念というのか(笑)渦巻いてるのも気づかずに(^−^)
だから「うん、日焼けすると痛いから〜」と、無難に返してました(*^-^*)
トラックはひなただけど、観覧席は日陰だから(大きな競技場を貸し切る高校だったの。今思うとすごいよね)。
そんなで。速く走るのにも、コツというのがあって、たぶんそれは全員に共通するものと、個別のコツとの両方で。私も身体的なコツと、心理的なコツの両方で速くなったけれど、それは 「どうやったら速くなられるだろう?」と研究したから。ひたすら毎回、中学生の体育の授業で走るタイムを計測されるから、「こうやってみたら、どうだろうか」と毎回変えてみて、 自分にあってるものを見つけ出した感じかな。だから今となっては速く走られるのが当たり前だから、「速く走ろう」と思わなくなったし、(走ることもないけど)
でも生徒のみんなは、まだまだ「こうなりたい」があると思うんだよね☆
それに役立ちたいな☆と思って、募集してみました(*^-^*)
講座として学びたい内容、知りたい内容、聞かせてくださると嬉しいです☆単発なので、お安くで(笑)講座にします〜、期間限定だし。認定ものじゃないし(^−^)
さやかにできること。させてもらえると有難いです。

今日は大阪も雪が降ったね〜☆明日も降るみたい。すごーく風も強くて寒いから、みんな体に気をつけて(^−^)

2.10
webサイトを変更しました。
詳細はTOPページに書いています。

変わらずに、変わっていく…
そんなしなやかな心と生きかたで。
それはまるで、風や川や、自然と同じように。
変わっていくけれど、変わらないもの…

2.8
生徒ちゃんからお手紙をいただいたよ。ありがとう(*^-^*)
こうやってその後のご報告やいい変化、近況を教えてもらえることが本当に嬉しい☆
それで、そういえば自分も昔、同じことしたなぁ〜と思う内容があって。それが「もし○○なら、私にわかるようにサインで示してください」というもの。
要するに、自分がやってることやしたいこと、しようとしてることが「合ってる」と思いたい場合に尋ねていたり、はたまた、書籍や人から聞くことで多いのは 「そもそも自分が、天使と会話できているのか」ということを確認したくて(確かめたくて)尋ねる内容だったりするのね。
もしかしたら、「それ(○○なら私にわかるように見せて、とか、示して、とかサインちょうだい。とか)やったよ」という人も多いんじゃないかな☆
でね(^−^)これ、たいがい(95%くらい。笑)うんともすんとも、何もサインありません。

何度言ったって、「しーん。」(笑)何にも起こらない。何にも示されないし、落ち込むだけ。「あぁ、やっぱり合ってないんだ(or コンタクトできてないんだ)」となるだけ。

ざんねーん☆

笑。100%中たったの5%に起こる奇跡を待ってるのだから、宝くじで高額当選するくらいのこと、狙ってると自覚してないからできることなのね(*^-^*) もちろん 私も過去にしてますから(笑)みんなと一緒だよ☆宝くじで1億円当たらなくても気にしない・気にしない♪♪
(^−^)でさ☆ じゃあ、どうしてなんにも起こらないのか(95%しーん。なのか)というと、それは自分に原因がある(*^-^*)
原因というとネガティブっぽいけど、そういうことではなくて、つまり、人間のほとんどの人はたいてい自分も忘れているレベルで心の奥深くに「持ってる」ことなんだけど…
「私には受け取る価値がない」と思ってるのね。思ってなくても、心の奥深く(潜在意識)はそういう思考を持って、それに従って生きてる(私たちという生命体を維持させているプログラムを実行している)のね。
だから、何にも起こらない。
「私には受け取る価値がない」というのは、そもそもサインを受け取る価値が自分にはないですよ、と思い込んで(無意識に)生きているパターンもあれば、 サインを受け取っても「あぁ、私、これでいいんだ♪」と思うような幸せを、私には受け取る価値がないと思い込んでいるパターンもあるし、また、 サインを受け取って、「私これでいいんだ♪」と思って安心しても、その先にある未来が幸せになった場合、その未来の幸せを実感するという受け取り方について、私には受け取る価値がない。と思い込んでいるパターンもあるし (日本語わかりづらかったらごめんね)、もしかしたらそのうちのどれか複数が当てはまるのかもしれないし、全部かもしれないし、「自分が幸せになることで誰かを傷つけたり不幸にしてしまう」と思い込んでいるパターンもあるから 「だから私は誰も不幸にしないために受け取れない」と思い込んでるパターンもあるし、その逆で、「そもそもこんな、しんどい人間なんかに生まれてきたことそのものが間違ってると思う」と悲しみがたくさんすぎて怒っちゃったパターンで 「だからもう、人間であることが不幸なんだから、幸せなんか存在しない」と全否定している中に、受け取らないことを選択しているパターンもある(ちなみにこのパターンがあると、自分は宇宙人の生まれ変わりだと誤解しやすかったり、孤独を感じる環境とか状況になりやすいよ)。
とにかく、私が思いつくだけでも挙げればこれ以上もいっぱいパターンがあって、「ねぇ、私たちって一体どれだけ幸せになろうとしてないの」としか思えない結果になってくる(笑)
ここら辺のパターン全部をクリアーしている人… つまり、まったく持っていない人が、5%の人で、サインが受け取られるのね。…そう、無理そうでしょ?(笑)
しかも、この様々なパターンは「こういうレベルだとOKだけど、こういう場合にはNG」とか、細かく規定が決まっているものもあったりする(笑)こまかいよーー
ということで、まぁ。確認(確かめる)ようなことはやめといたほうが最初からいいね。というのが結論かな(笑)(^−^)
自分を落ち込ませたい人だけがすること〜
落ち込ませたいというのも、「受け取る価値がない」だからね。幸せを受け取る価値がないとか、嬉しいを受け取る価値がない、とか、だから、落ち込んでる時って「自分いじめ(自己虐待)」中。
いっぱいいっぱい落ち込むようなこと繰り返し心の中で思い出したり言ったりして、自分を散々傷つけて、辛い想いをさせてる。 そうすることで、いっぱい受け取られるはずの幸せを自分が受け取らないように「私には受け取る価値がない」というパターンを強化してるの。
元3回なってるから言えるけど、うつ病はこの「受け取る価値がない」の強化合宿ですからね(笑)
うつ病にも原因は様々だから一概には言えないけど。でも、多くのパターンは、それ。幸せなことより不幸が大好きなの。当の本人は好きという自覚はないけれど、もう、幸せなんて全然感じてない時間が長すぎて、 不幸を愛し過ぎてる状態(笑)だから、幸せには全力持って疑うし、否定もする。「こうなるはずがない」とか。で、不幸なことばっかり頭の中でぐるぐる24時間以上かけて考えてる。うつ病の人は眠らないからね。 眠れない。まだ眠られるうつ病なら軽度だから大丈夫。お薬も効かないからね。お薬で楽になれたり、眠れたりするようであれば、もういっぱい活用してあげてください。ただ、 「幸せじゃない自分」とか病気を名目に、うつ病の人は「他人のせい」には一切しない。全部抱え込むから。あと、人の話は聞けるの。よくうつ病だとか「幸せになりたい」という人で、全然人の話を聞かずに自分のことばかり話している人がいるけれど、 それはただの依存症。うつ病という名前、他の病名や「幸せになりたいと思っています」という言葉で現実逃避しているだけ。
だから、うつ病の人は必ず自殺願望を持っていて、だからこそなんだけれど睡眠時間も尋常じゃないくらい、ない。
夜起きていて、お昼眠ってる。とかは本当に軽度だからね。大丈夫だよ。
それくらい。「自分殺し」は怖いよというお話。
自分殺しの手前が、この「私には受け取る価値がない」があるよ、というお話。
あぁだ、こうだ、いつも何かや他人の確認や確かめるようなことばかりしていたり、や、いつもいつも落ち込むような解釈を自分にしている行為や、顔色うかがいしてたり、他人の目・周りのことが気になってるような生きかたじゃあ、 その果てにあるのはうつ病ですよということ。だからこそ、天使に尋ねたって、サイン与えてくれないのね。だって、天使は私たちの幸せを手伝ってる存在だから。
なんにもサインがなくて落ち込んでるけれど、「あぁやっぱり私は天使と繋がってないんだ」とか「幸せになれないんだ」とかいちいち確認しているけれど(そうやって、自分の幸せを疑いながら生きている人生を送ってるってこと。無意識に。) そもそも無条件の愛の存在は、誰の不幸も望んでないし、手伝いもしてない。
だからこそ、サインも送らない。なのに、勝手に解釈してる「サインがない…」と落胆してる。
そう。全然違うの。人間と、愛の「目線」「視点」って、本当に全然違う。
もしもネガティブが源であるその「サインくれ」という願いに、愛の存在が仕方がなくこたえたとしても、そうすると今度はその人、いちいち何かするごとに毎回、全部、細かいことまで逐一「ねぇ、合ってる?」と確認しなきゃ 何もできない「能無し」になっちゃうってことなんだよね。あらゆることぜーーんぶ、尋ねてこたえをもらわないと何も行動できない人になるってこと。 自分の人生なのに。
誰の人生ですか?天使のですか?という感じになっちゃうのね。愛の存在から見れば、「確かめる(確認)」の質問や要望って、全部、あなたや誰かを不幸にさせることを望んでる質問。
あなたは軍隊の下っぱの一隊員で、天使や愛の存在は天皇。という関係性になる。大日本帝国時代と一緒。日本人において大日本帝国なのは、子供時代まで。
親や先生、周りの人という「天皇」の言うことを聞かないと、容赦なく切り殺される。つまりは生きていけなくなる。ご飯もめぐんでもらっているし、住むところも用意してもらっているからね、天皇に。 すべて自分の命は天皇に守ってもらってるってわけ。言うことという「命令」を絶対に守るという身代わりに。「Give and Take 」の時代。
だけど学校を卒業したら、「一大人」になる。自分で稼げたりして「大日本帝国 卒業」になる。晴れて自由の身になる。
自分一人でやっていくだけの収入がなくても、それまで自分にかかる費用の全額を親負担にさせていたところ、一部は自分で支払えるようになるのだから、「軍隊の隊員」でいる必要はなくなるよね。 少なくともそれまでのように天皇が右向けと言ったら、「すみません、今風邪で寝込んでいるので、元気になってから右向きます」くらいは言えるようになるよね。でも、子供時代は天皇が絶対なので、 どんなにしんどくても、悲しくても、したくなくても、気分じゃなくても、疲れていても、嫌だと思っていても、右を向きたい気持ちなんてこれっぽっちもなかったとしても「右」向いてきた人生だったからね。
それだけ大人になるということは楽になるということ。
楽なのに(=大人になったのに、という意味)今でも親や世間や人の目を気にして、それに沿って自分の意見を変えたり人生を生きてるから、人生がうまくいかない。 人生が楽しくない。つまりは幸せを諦める精神が板について、プロフェッショナル級で、「やめたいのにやめられない(だって、やってることももうわからなくなってるし、わからないからやめかたもわからないし、そもそも私、軍隊ではないって思ってます)」 になってしまっていたりする。

そういう、大事なことを本当は子供の頃に教えてもらえたらなぁと(学校で)思うけれど、教えちゃマズイんだよね(笑)学校も軍隊だから。
だから、みんなの大人になってからの未来・将来・幸せより、今の、絶対政治な子供時代をどう楽々と生きていけるかの方法を、教えてる。 なので、いざ卒業してから通用しない。が、寿命が80年だとしたら、約60年ほど続くから、そりゃあみんなネガティブにもなるし、うつ病にも、依存症にもなるよね。当然よね。
なのでこうして軍隊を卒業して困っている人たちが「大人のための学校」に来て、幸せになっていってるんだと思う(^−^)
子供時代には子供時代の。今の自分には今の自分(大人)の。それぞれの幸せが、ちょっと、違うんだよね。子供は15歳以下は働いてはいけないという法律もあるから、実質子供時代は軍隊から抜けられないようにもなっているし、 でもそれは子供の命を守るためには大切なことで、子供の幸せのためだったりするのだし。
けれど誰かに教えてもらわない限り、自分がまだ立派な軍人として生きてるなんて、ほとんどの人は気づかない。気づかないから、軍隊のような会社や夫や、今でも親につかえて我慢しながら生きてる。
大人には大人の幸せがあるよ、子供の頃よりもっと幸せだよって、経験者が少ないから教育者も少なくて当然。 当然だから、「私には受け取る価値がない」をこれから先もずっと持ったまま… 生きてく人生が自分にはお似合いと思わせようと頑張って「自分いじめ」をしてる。 というサイクルが、もう、ほとんどの人間です。
そのサイクルを耐え抜ける、本当に軍人並に生きられる人が、おもしろいことに多いだけ。日本人は。だって、他に方法があるとは知らないのだから。 だから時々、ぽつりぽつりと「私は軍人失格だわ」と泣いている人が依存症やうつ病になったり、「会社やめたい」と思ってる人たちだったり、でも どうしたらいいかわからなくて頑張ってる。
何かしらご本人レベルの中で「あぁもう死にそう」経験をしたごく一部の人が、こうして「天使」だとか「スピリチュアル」だとか「心」「心理」「精神」の世界に入ってくるだけ。
もし目の前にはものを持った人が全速力で自分に向かってさしに来ているというシチュエイションになった場合、「えっと、病院に運ばれたらたくさんの人に見られるから綺麗なお洋服に着替えなきゃいけないな」なんて考えないでしょ?
「ぎゃあーー!」って、全身全霊で逃げようとするでしょ?
そういうこと。「心の世界」に入ってくる人って(=生徒さんって)。
たいがいそういうシチュエイションにはならないよね(笑)一生生きてても。だから、心の世界なんて知らずに生きていけるの。どんなに苦しくても。 だけど最近いいなぁと思うのは、ライトワークスもだけれど、出版社さんや本屋さんが気軽に心の世界のことを広めてくれるようになった(^−^)
心の世界=頭のおかしいオカルトか精神の病気。という「やばいね」というジャンルから「へぇ〜」というジャンルになった。もちろん書籍の内容もあほっぽい(笑)からまともに移り変わってきたからなんだけれど。
あとはスピリチュアル=神社、パワースポット巡り関係。というイメージも付いたから、流行を追う女性たちが気軽に入ってきたというところもあって 「今までの暗くてじめじめして、気持ちの悪い雰囲気はやめよう」傾向になったのだとも思う(笑)UFO だとか宗教だとか暗殺計画だとか、男性がお家で一人でこのむ趣味世界からのイメチェンによって 本来のスピリチュアルの意味に近いものが現在スピリチュアルとして認識されるようになってきて、「呪い、呪文、悪魔、地球支配」とか怪しいものは見向きもされなくなったよね(笑)
まだちょっと、いろいろと問題というか、どうしてもいろんな人がいる以上仕方がない部分で「スピリチュアル=怪しい」のイメージは払しょくしきれていないけれど、 その問題は差別問題につながっていくので、そこはまぁいいかなとも思ってる。
人によって受け取りかたは様々だけれど、そもそも最初から「受け取る価値がない」とつっぱねるのではなく、受け取ってみて取捨選択できたら最高って思わない?(^−^)
さやかはそう思う☆
いろいろ選べるって、嬉しい(^−^)
だから、もうなんにも「確認する」は必要ないんだと思う。「やりたいか、やりたくないか」でいいんだと思う。食べたいか食べたくないか。行きたいか行きたくないか。使いたいか使いたくないか。 買いたいか買いたくないか。いいと思うのかいいと思わないのか。
もう軍人時代ではないから、自分で決めて、いいのだと思う。
それを応援してるから、天使もサイン、示さないし(笑)、自分であれこれ考えてみて、自分を幸せにしてあげたらいいんだと思う!

幸せって意外にカンタン。
それを理解するために、あなたや多くの人が「天使」に出会ってる。出会っていってる。
確認せずに、まずは自分が思う内容を自分自身で尊重できるように。大事にしていけるように。
「命令慣れ」してるって、無自覚で、怖いね。私たち(*^-^*)

2.5
今日は体調が悪くてずっと眠っていました。ありがとう。
さっき起きて、歯磨きしてからご飯食べて、また歯磨きしてから眠ろうと思います☆
ちょこちょこinstagram またしてほしいというお声をいただきます、ありがとう☆
私の趣味と一緒で、お化粧品好きさんがいて、嬉しい(*^-^*)
insta はもうしないのだけど、最近はね、イヴサンローランが好き☆
ゲランが好きなのはたぶん一生変わらないんだけどね(*^-^*) イヴはゲランと全然違ってて、ハデなの(笑)
ゲランはすごく上品で、うっとりするくらい幸せになる☆☆☆
でもイヴは「ギランギラン」(笑)(*^-^*) ギランギランというか、まったくもってゲランと対称的にある感じで、ゲランが流行り廃り(はやりすたり)のない 一生モノの品質と美と仕上がりのクオリティだとしたら、イヴは流行を追う「その場」が持つ一瞬のきらめき。といった感じ(*^-^*)
すごく相反するもので、だから気分転換になる、おもしろいものという印象。私にとって(*^-^*)
品質もやっぱり全然違うの。ゲランがとにかく優秀で、崩れないし、にじまないし、すごく美しい。イヴは目元もすぐよれるし、ゲランと比べちゃうとかなりチープ(安っぽい)。
でも、そのチープさが、「楽しい!」と感じてね(*^-^*) 本当にお安いものが出すチープ加減ではなく、品質はある程度あるのにかもし出してるチープさが、気に入って(*^-^*)
「遊び」という感覚かな☆
ゲランは遊べるカラーや質感はないけど、イヴはもう全部が遊びクオリティ(笑)ゲランが毎日の暮らしだとすると、イヴはディスコやクラブって感じ(*^-^*)
古いたとえでごめんね!(^−^)笑♪
でも、そんな感じ。非日常を思いっきり楽しむ感じ。で、そういうのも好きだなと思えるようになりました。
使えるのはアイシャドウと口紅やグロスだけ。他はカブレちゃう(*^-^*) 本当にお遊びのアイテムだけ☆ でも楽しい♪
今度新しく出た口紅のオレンジ色を買いに行こうと思っているの(*^-^*)
オレンジ色は私の肌色に合わない色だから、持っていないのだけれど、この間発売前にお店のかたに試しに塗っていただいた際、ティントがハデハデな赤に発色する体質なので その赤に中和されて「赤だけどオレンジ」みたいないいお色になったので、買えるなぁ♪と思って(*^-^*)
ゲランは本当に大好きだから覚えられるのだけれど、その他はさっぱり脳が覚えてくれなくて(笑)
子供の頃に脳に損傷を受けているので記憶力が皆無に近いくらいないのは仕方がないとして、アイシャドウってコンパクトを閉じていると中がどんなお色なのか 分からないのが不便で、ゲランは覚えられるのにイヴもだけどその他が全然わからない。それで朝コンパクトをいちいち開ける手間を自分のために減らしてあげる方法を 思いついたのが、「限定品を買うこと」。
イヴは限定品のアイシャドウが、その時その時のテーマに沿ってデザインが違っているの(*^-^*)
今発売しているものは、「ストリート」がテーマなので、レンガの壁に落書きされた風に「私だけ見続けて」みたいな(ずっと見てなさい、夢中でいてなさい、みたいな意味)文字が書いてあるの(*^-^*)
昨年は水彩画みたいな、綺麗な川の水面みたいな、淡いグリーンのマーブル画模様だったりして、コンパクトが1つ1つ違うの(*^-^*)
「それなら私でも「あ、これの中はこれだ」とイメージしやすいな、毎回全部のアイシャドウパレット開けなくても」と思ってね♪
ゲランにぎらんぎらんハデ色はないの(笑)(*^-^*)
ゲランの質として考えると、ぎらんぎらんは合っていないとも言えるけど、日々の中で時々はチープな、遊び心で楽しむ楽しみがあってもいいね☆ たぶん一生モノのゲランが大好きだからそう思えるのだろうと思う(*^-^*)
最高品のゲランが好きではなかったら「なんだ、このすぐよれるの」と思ってたと思う(笑)
すぐヨレるといえばディオールもなんだけど(笑)ディオールはここまで突き抜けた「ギラギラ・ハデでーす・ばーん!」みたいなのがない(笑)♪♪
だから、そこそこいいお色で、そこそこ中には遊べるものもある。という印象で、「中間位置」でおもしろくない(笑)(*^-^*)
なんだろう、資生堂みたいに多くの人からずっと愛されそうな感じ。それなら私はゲランだけでいい〜となるけど、 イヴはワクワクさをくれる、刺激的な感じで、「君、ヘンだね、おもしろいよ♪ 採用♪」みたいな感じでいい「風」をくれるの(*^-^*)
そもそもイヴ・サンローランがクチュールしてきたドレスやデザインが「まぁ♪」と思うものが多いから、コスメティクスも今は亡きイヴだけれどその流れがあるのかなとも思います☆
ディオールはその時代その時代の女性の生きかたに沿ったデザインが多かったから、「愛されディオール」なのかもしれないね(*^-^*) ディオールは☆
ということで(^−^)
今日も長くなったけれど、インスタの代わりに「最近のさやさんコスメ傾向」はこのような感じなのでした☆ちゃんちゃん♪

2.4
「課題図書」が2冊増えました。
また、1冊、別の講座の課題図書に指定していたものを、別講座の課題図書に変更したところもあります。
課題図書は基本、受講する・しないに関わらず、「読んで理解した後にわかること」があるものとして参考になるものを指定しています。 ですので、初級講座から順に、1冊1冊読んでいってくださると、人生のヒントやインスピレーションになります。
また「なぜ、さやかはこれを課題図書にしたのだろう?」と読み終わった後に考えてみると、人生のヒントがより鮮明に分かりやすくなるかもしれません☆
「課題図書」ページからご覧いただけます。どうぞ。(今日はまじめさやか)

2.2
神や天使など無条件の愛の存在は、メッセージを受け取る人間が持つ語彙力や理解力を使って、伝えてくれます。
ですからたとえばすごく分かりやすく言うと、まったく同じ人間が本を10冊読んだ場合と千冊読んだ場合とでは、元々持つ理解力は同じですが 語彙力には圧倒的な差が生じますから、「受け取るメッセージの分かりやすさ」で言えば、千冊読んでいるほうが役立ちます。
また、ただ文字を追うのではなく千冊理解しながら読んでいれば、理解力まで上がります。
そのことから、講座では上級にいけばいくほど課題図書の冊数が増えましたり(笑)課題や宿題を提出するようになっています。
たとえば、「あのね、私、痩せたいんだけどどうしたらいい?」と天使に尋ねて、天使からのメッセージが「楽しいことしたらいいよ〜♪ おっもしろーい♪ でね、楽しーってなるからね、おもしろくなるよ!」 なんて内容だったとしたら… わかる?(笑)
私は正直、天使が何言ってるのかさっぱり分かんない(笑)(^−^)
「なんだ??楽しいとおもしろいしか言ってないぞ?」って、なる(笑)
天使からのメッセージで「よくわからん。」と思った場合は、それがヒントです☆
つまり、自分が全然言葉を知らない。それを語彙力というのだけれど、たとえば映画を見に行って、見終わった後「おもしろかったー♪」と思ったとする。
そして、後日、同じ映画を見た人がいたので「あの映画、おもしろかったよね!」と感想を伝えたとする〜
それで、その人から「え!?怖かったよ!!」と青ざめた顔で感想が返ってきたら、「あれ?」ってならない?
そしてあなたは言うかもしれない「え?だから、怖かったからおもしろかったんだよ〜!」ってね。
ホラー映画を見て「おもしろい」と思う人もいれば「怖い!」と思う人もいる。「気持ち悪い」と思う人もいれば「つまんない」と思う人もいる。
どんな言葉を使って表現するかはそれぞれの人が持つ気持ちや理解力、語彙力や経験力が背景となって生まれてくる。
怖いものをおもしろいと言う人もいれば、怖いものを怖いと表現する人もいるし、怖いものが苦手なら気持ち悪かったとも表現できる。
普段から自分の気持ちを、ただ「楽しい」「つまんない」「おもろない」「ええやん」くらいしか使って表現(思う・言う)していないと、 語彙力はそれくらいの程度なので、天使からのメッセージも「楽しい、つまんない、おもろない、ええやん」のいずれかの組み合わせでしか返ってくることができないのね。
なぜなら、本10冊読んだ理解力と語彙力の人に、千冊読んだ人と同じ理解力も語彙力もないから。
天使や神など愛の存在は、受け取る人のものを使って伝達するので、ありとあらゆる相談に「楽しい、つまんない、おもろない、ええやん」の言葉しかない中で 返すことになるので、結果、「天使に聞いたけどよくわかんない。」になっちゃいます。

それが、「天使に聞いても分からない」の本当の理由です。

みんな思うねんな。「やっぱり私、天使からメッセージよう受け取られへんわ。分からんわ。向いてないんやわ。無理なんやな。」って。
それね、誰かと比べてるでしょ?
主に、さやかと(笑)
天使や神からメッセージを受け取ることは、グルメリポーターと同じ。全部「おいしい」で終わらせるのか、それともこんな歯ごたえで、どんな味で、あったかいか冷たいか、すぅーっと口溶けていくのか、パチパチ口の中ではじけてるのか、 など、細かく伝えるのか。
「コーラ飲んでどうだった?」「おいしかった」
「あそこのパンケーキ、どんな味?」「おいしかった」
「一生懸命作ったけど、どう?」「おいしい」
ほとんどの人の語彙力は、全部「おいしい」で済ませてしまう程度の語彙力です。
だから
「お金を貯めたいけどどうしたらいい?」「おいしい」
「結婚したいけど、いつ出会える?どうしたら出会える?」「おいしい」
「ヒーラーになりたいけど、なれるかなぁ?」「おいしかった」
って、メッセージ受け取っているようなもの(笑)

いややん(笑)(^−^)

じゃあ、なんでそんな程度の語彙力なんか。というと、ずばり本を読まないから。
TVや人との会話で「うん、外はサクサクで、なのに中はとろりとしていてまろやかで、ふんわりと甘い香りが口の中だけでなく鼻にまで伝わってくるくらい豊かで、 それでいて食べ続けていてもクドくないから、1つだけでなく2つ、3つと食べられるアッサリ感もあって、おいしいよ、このシュークリーム」なんて表現(感想、思い) してないよね?いっつもいっつも(笑)してたら逆に「何だ?大丈夫か?」って思われるよね(笑)
口語と文語というのかな、話す時の言葉にはそんなに語彙力は必要ないから「おいしい」だったら「おいしい」で表現したらOKだけれど、 本を開いて「オムライスはおいしくて、ハンバーグもおいしいので、オムライスはおいしく作りましょう、そしてハンバーグもおいしく作りましょう、そうしましたら おいしいオムライスが出来上がりますし、おいしいハンバーグも出来上がりますね」なんて、ほとんどが「おいしい」しか書かれていない本(料理本)なんてあっても 「全然わかんないよー」だよね!(笑)
そういうこと〜 本だと、何度も同じ言葉を繰り返すのはNGという「文章を書く上での基礎」みたいなものがあって、これは本当は小学生時代から国語の作文で繰り返し書いていくことで 自分で気づいていく内容なんだけれど、みんながみんな、作文で賞を取るほどではなかったのも、すべては語彙力。
作文が苦手なのは、文章を知らないから。文章の書きかたや、表現力をね。 「夏休みにおばあちゃん家に行きました。楽しかったです。せみをつかまえました。楽しかったです。スイカ割りをしました。楽しかったです。 花火を見ました。楽しかったです。」程度だったから(笑)
これね、6歳が実際にお話してくれていると想定したら、全然わかるの。「よかったねぇ(^−^)」って、一緒に笑ってあげられるの。
でも私たちはいつまでも6歳じゃないし、一体何が、どう、楽しかったのかも全然わからなければ、伝わってもこない。それが、天使からメッセージを 受け取る際に「おいしかったです」「楽しかったです」連呼してるから、「わからん!!」になってるだけ〜(^−^)
本を読むのはめんどくさいかもしれないね(^−^)
私はね、神に相談して、メッセージをもらって、いっぱい人生が幸せになっていくことと、面倒臭いを優先していつまで経っても変わらない人生を生きてることの、どちらがいいかって 言ったら、だんぜん、「幸せになります〜♪」のほう(^−^)
めんどくさいを優先できる人は、きっと、それなりに幸せなんだと思う。だから、幸せより面倒臭いを優先できるんだと思う。
私はありとあらゆる面で切羽詰まってたので、「幸せになれるんなら、あ〜もう何だってします、させてください」くらいの勢いだった(^−^)笑
だからね、「わからない」とか「何と言ったらいいのかわからない」って言う人を見たら「幸せなんだなぁ」って思う。
私は「わからない」がわかるようになりたかった。
「わからない」でいられるほど、人生、余裕がなかったから。
さやかと自分を比べて「わからない」で済ませることもできる。だけど、人と比べること以上に、自分を助けてあげることは大事だと、私なら思う。
語彙力を増やす、理解力をつける。わからなくても慣れが大事だから、TRY & TRY で、それでもやってみる。
そうやっていくうちに、いつしか誰かや何かと比べて生きなくても大丈夫なんだってこともわかってくる。いつしか天使からのメッセージに「なるほどね」や 「そうなんだ」と感心したり思ったりして、人生をより良い方向へと軌道修正していけるようになるから。

人と比べるのはカンタン。だってそれは愛ではない方法だから。

1.30
昨年一年、二重あごで(笑)
年末頃にそろそろ痩せようかなぁと考えていたところ、年明けのシエルセラピーで神がクライアントの痩せたい相談に乗ってらっしゃったので 「いい機会☆」と思いました(^−^)
それで。ダイエットをして10日であごが戻ってきました(笑)
スッキリして、いいね☆
元々背が低かったりと小柄なので、人から見ると太っても痩せても全然変わらないように見えるよう。でも、自分がね、痩せるとスッキリして気持ちがいい(*^-^*)
へこんだお腹も、お風呂の時に見て「あぁ、こんなお腹だったんだ」と思いました(笑)
可愛いな〜って。
ダイエットと言っても、その10日間、クライアントからいただいたものや記念日だったので外食をしたりと、ガマン大会をしていたわけではなく☆
神と一緒に生きていると、体重(体型)も自由自在だな☆と思いました。
有難いな。ありがとう、神(^−^)

1.26
昔、SweetBox というアーティストの「Classified」というCDを持っていました。お店でよく流してたり(*^-^*)
隣や他のお店には迷惑かけないように、自分のところだけね(*^-^*) お掃除もはかどるし、英語の歌なら接客の時にも日本語が重ならないから支障ないし、館内放送はつまらないし(笑)
ヴォーカルの女性の声が可愛かったのと、「G線上のアリア」にラブソングの歌詞を付けた「Everything's gonna be Alright 」が気に入って(*^-^*)
クラシックに新しい歌詞を付けるなんて斬新だなぁ☆と(*^-^*)
ラブソングにあ〜んまり興味がない人間ですが(笑)、タイトル同様、歌詞に「Everything's gonna be Alright, Everything's gonna be OK,」というのがあって、 ふと、数日前に「すべてはうまくいくようになっている」だなぁと思い出したというか、私の中でその歌が聴こえてきたので、DIARY に書いとこ〜と思ったよ(*^-^*)
たぶん15年ぶりくらいなんだけど!(笑)
素敵なもの、素敵なことはシェアしたいさやかだから(*^-^*)
きっとスマホで探せばYouTube にあるかも〜と思って☆(現代は便利になったよね、っておじいちゃんのような私♪ 笑)
「全部うまくいくよ(^−^)」「すべては大丈夫だよ」って、自分に思ってあげたり、励ましたり、信じたりすることって大事☆
だって、思うだけでそうなっていくから☆
私の人生、全部うまくいくようになってる。ってね(*^-^*)
Everything's gonna be Alright (はぁとまーく)(^−^)

1.21
「ポジティブ」って、「バカになること」だと思ってました。私(笑)
神とこうやって、ずーっとお話する前ね(^−^)
子供の頃TVで「ポリアンナ物語」というハウス食品提供のアニメを見ていて、私の中では「ポジティブ」=このアニメで見たポリアンナそのものって。
ポリアンナという女の子は、何があってもいつも前向きにとらえたり、考えたりする子なんだけど、子供の頃の私にはどうしても「え?事実をそんな風にすっごいねじ曲げてまで、自分にとって都合のいい解釈するの?」 と驚くぐらい。正直いらいらするくらい(笑)「それは神経ずぶと過ぎ」としか思えなかったり。
そんなこんなで「ポジティブ」に対してネガティブな印象が付きました(笑)ポリアンナ物語から。ポリアンナとじゃいあんはそっくりなんだもの(笑)
「お前のものはおれのもの、おれのものはおれのもの」そのものだったの。そのアニメでのポリアンナはね。「こんな人が近くにいたら、絶対いやになる」と、毛嫌いしながらも見てました(笑)
ハウス食品提供で放映されていた物語で好きだったのは小公女セーラ。辛くても、泣いても、また立ち上がる姿が偉いなぁって。今ではそれが「ポジティブってそういうこと」だとわかるけれど、ポリアンナでポジティブ=ばか。 なくらいの解釈にならざるを得なかったので、「ポジティブな人間にはなるまい」と思うほど、自己中心的すぎるポリアンナにイライラしてました(笑)
ポリアンナを思い出したからグチりたかったんじゃなくてね(笑)、(^−^)
この前、シエルセラピーで神がクライアントに伝えていたメッセージの中に、「ネガティブだから、楽しみが見つからない」ということを言っていてね。
楽しみというのは趣味のこともそうだけど、つまり、人生が豊かだったり、愛に溢れていたり、素敵なお仕事をしていたりだとか、人間関係うまくいってるだとか、もちろん金銭的にも笑顔で過ごしていられてるだとか、 大好きな人と生きてるだとか、いろいろ、1人1人にとって「幸せ」と感じる生活や毎日のことでもあるなぁ〜と思ったから。
だから、DIARY に書こう〜☆と思ったよ(*^-^*)
「ネガティブだから」というのは、知らず知らずにやってしまってるネガティブな捉えかたとか考えかたとか、視点のことね。
知らず知らず、自然としてることだから、まさか自分がネガティブに捉えてるなんて、思ってもみないのが人間よね。 でも何か困ったり悩みがあったり、夢が叶ってないって、そういうこと。「ポリアンナやジャイアンになんか、なるまい!」と思ってはなくても(笑)、 ネガティブな証拠みたいよ。
それで☆ 自分がネガティブだから、自分の人生を知らず知らずに自然と悩みや困ることというネガティブを起こす原因にさせているのだから、それをどうにかしたら、いい♪ ってことだよね(*^-^*)
それに一躍買うのが、受講をする前に読んだりしてもらっている課題図書にある「褒め日記」。(^−^)
クライアントや生徒たち、それから知り得るばかりのアメリカ人とか、そういうあらゆる人を分析してみた結果、「褒められてるかどうか」が、ネガティブ寄りになるのか・ポジティブ人間になるのかの違いの分岐点だとわかったよ。
「親の命令に従ったから褒められた」という意味ではなく、純粋に無条件の愛に基づいて褒められたかどうか。ね。
圧倒的に日本は「褒めない文化」だったから、褒められた経験って、「何かしたから(特別な状態になったから・誰かにとって利益をもたらしたから)」という条件のもとでしかないことがほとんどだったよ。
アメリカ人ってすごいよね。ひとくくりにしちゃダメだけど、奥さんも褒めるわ、「あなたを誇りに思うよ」なんて日常会話としてバンバン飛び交う家庭がごく一般的なんだもの。「何かしたから」「何かになったから」ではなく。 ただ、あなたがあなたというだけで、私は誇りに思ってるとバンバン言われる日常。
すごいよね(^−^)「褒め文化」だ(*^-^*)
残念ながら、私も今更母に「褒めて♪」と言ったところで、気持ち悪がられるだけ(笑)「何よ急に。」ってね(^−^)
たぶん、日本人にとって「褒め」は=「恥ずかしいこと」だ(^−^)
褒めることも、褒めるほうも、褒められることも、褒められるほうも〜
お世辞でもなんでもない、思ったまま言うことなんだから、何にも恥ずかしくないのにね☆
たぶん「日本」という土壌がそうさせてる(笑)だから、仕方ない(*^-^*)
けど「褒め日記」だと、1人で、好きな時に、できるんだよね♪
それってお得じゃない?(笑)(^−^)♪
無料ですよ(笑)♪ ♪
褒めようと思うとさ〜、難しいんだよね!案外。
そして、毎日褒めようと思うとさ、頭、すっごく抱えちゃうんだよね!(笑)「何褒めよう〜!!何を褒めたらいいんだ〜!!わからん!わからんとよ!」って(*^-^*)
自然と自分が知らずにネガティブで生きてると、むっちゃくちゃ「ただ褒める」ことが難しいのなんの(笑)
「だめじゃん」とか「あぁ〜あ!(ため息)」とか「疲れた」とか思うのは簡単なのにさ(^−^)
自分だけに対してだけじゃなく。いろんな人や場面においても。
グチってようが、泣いてようが、怒ってようが、困ってようが、要するに全部、「I AM ネガティブ」つまり「褒め下手(あるいは超ど級の初心者)」だということがバレバレなんだよね、私たちって(お恥ずかしゅうございます〜〜)
(^−^)
だから、「褒め日記」はいいなぁ♪ って、思ったの〜(*^-^*)
ほめ日記の作者さんから、何ももらってはないよ(笑)
回し者じゃあないけどね(^−^)
今はね、「ポジティブ = ポリアンナ」ではなくって、「ポジティブ = 松岡修造」になったよ(笑)
あはは♪ (^−^)
以前、これも私にしてはめずらしいTVで見たんだけどね(私はTVは子供の頃からほとんど見てないから〜)、松岡さんとお弟子さんの錦織さんとでテニスバトルをしていてね(*^-^*)
その時に、松岡さんが、錦織さんに負けていたらね、落ち込んでたの。
意外じゃなぁい?(^−^)
「全然だめだ。」とか言ってるの。「おれはダメだ。」とかね。うつむきながら。
それでまたプレーしてるんだけどね、少し経ってから「頑張れ、おれなら出来る!」って、励ましだしたの☆
「やれ、やるんだ。できる。勝てる。おれなら勝てる!」って、ずーっとぶつぶつ言いながら、うつむかずにしっかりと前を向いてプレーしてたの〜☆(*^-^*)
それを見てね、「あ、ただのポジティブバカじゃないんだ」って、思ったの(笑)
(^−^)
失礼なことを言ってるのは承知なんだけどね、あんなにいつも熱血で、本当に近寄ったら暑そうなくらい錦織さんのことも褒めまくる人がね、うつむいて、肩を落として、落ち込んでるのを見てね、 そしてその後、そうやって自分を奮い立たせて応援してあげてる(褒めてる)のも見てね、より一層、尊敬したよ(*^-^*)
ただのポジティブバカ(ポリアンナやジャイアンと同類な)と思っていた、テニスなんかしてるから、生まれつきお坊ちゃまで何不自由なく生きてきたお金持ちの息子なんだろう、 くらいの軽い偏見(笑)もあった松岡さんに対して、「全然そんなんじゃなかった」と、嬉しかったの☆
だからポジティブ=バカじゃあないんだよね(^−^)
ずいぶん長い間、失礼しました〜☆えへへ(*^-^*)
受講生さんにはね、毎日「褒め日記」をしてもらう課題が、1つのコースではあるの。みんな私と一緒で「むっちゃ難しかった!!」と言いながら、日記を提出してくれます(笑)
でも褒め日記が書かれたノートを開いて見ると、いつもいつも感動しちゃう☆
いっぱい褒めてくれてるの(^−^)
やっぱりね、大好きな生徒さんが、たとえ自分にであろうと褒められているのを見るのは、とってもとっても嬉しいよ♪♪
「いやーん♪ でしょでしょ(*^-^*) もっと褒めて♪♪ うふうふ☆」って、なってる(笑)(^−^)
そのノートを書いている本人は、きっとうんうん頭うならせながら書いてるんだろうけどね!(笑)
ほんと「褒める」って、難しいよー
でも、褒めても褒められても、嬉しいよ(^−^)
そんな風に、自然と身につけてしまったネガティブに見て・思って生きる自分を…
「楽しい、嬉しい」にいっぱいし続けて生きていきたいナ!と思ったよ(*^-^*)

1.18
昨日は震災後、22年でした。神に神戸の街を見せてもらいながら、当時のことを思い出していました。
壁も家々も亀裂が入っていたり壊れていたり、電柱がたくさん倒れていたり。大阪でもそれくらいひどかった。
付近に住んでいらっしゃった生徒から当時のお話を聞いたことも、このお仕事をしていたお陰だと思ったし、 神戸は北野が子供の頃から大好きで、震災後の街はまるで戦後まもない頃なんじゃないのかと思うくらいの惨劇でした。
兵庫の人たちは神戸が大好きで、生徒さんももちろんだけれど当時のことを涙を思い浮かべて話してくださいます。
神戸は「頑張った」形跡と、「協力という名の愛」の形跡が作りだした素晴らしい街だと今現在の神戸に対して思います。
その後いくつも震災があって、恐ろしい光景をTVで目の当たりにしたり、勉強のために滞在していた六本木ヒルズでPTSDになったりもしました。
自分や人も幾度のつらさを乗り越えていくように、街も土地も、愛や協力とともに乗り越え笑顔へと還っていく。
時間がかかったとしても、それはきっとそれさえもとても大事な時間で、「大切にする」を教えてくれる「時」。
同じく昨日、私にとって大切で、尊敬する人が事故にあったことを知りました。
昨年は家族が事故で、みんな、不慮の事故だけれど命があったことに心から感謝しました。
みんなお仕事を一生懸命頑張っている素晴らしい人たち。生きている素晴らしい人たち。
何が悪いとかそういうことではなく、事故や災害は想像もつかない出来事。きっと規模は違うけれど失恋やお仕事を辞めることや、お金を失うことや 何かを失うこと、愛する人を亡くすこと、うまくいかないことや誤解されることも、それぞれの人や職場、場所にとっての事故や災害。
みんなどこかをいためて、悲しんだり、苦しんだり。
そうしながら、私たちはこの命を生きてる。
だからいっぱい、みんなが笑って生きますように、とたった1人の人間で、何もできない無力・非力かもしれないけれど 「祈り」は届くことを知っているから。自分が寝たきりの時に神と出会い、それから何回も助けてもらったように 私に体力も、力も、何もなくとも、願う気持ち。これだけはたくさんたくさん持っているから…
みんなが笑顔に生きますようにと、いつも心から願う気持ちをより一層胸に刻んだ1日でした。



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